地球文明ができたときから地球外文明を探し求めていた

ガリレオ・ガリレイ
ガリレオ・ガリレイ

 

講談社現代新書に大島泰郎著の『地球外生命』という本がある。

 

その中に、印象的な文章があるので、いささか長文であるが引用したい。

 

内容は、人類は古代ギリシャのころから、地球外にも文明があるのでは?

と、考えていたというものだ。

 

 

古典的なギリシャ哲学の時代にも「地球外文明思想」が見られる。紀元前四世紀ごろ、哲学者エピクロスは自分たち以外にも「世界」あり、自分たちの世界は広大な宇宙の一部に過ぎないと述べ、自分たちの世界が全宇宙であるとするプラトンやアリストテレスなどと対立した。

 

コペルニクスやガリレオの業務が、地球外文明思想を強固にしたことは言うまでもない。地球が宇宙の中心でないのなら、よその星にも生命や文明があってもよいということになる。地球外文明思想は、古典的な「人間中心主義」とは対立関係にある。

  

(中略)

 

一七世紀には、近代天文学に基づいてフォントネルが地球外文明論を展開した。カレはつきにETが住んでいたと考えていたようであるが、それなら日本の方が古い。平安時代に成立したとされている「竹取物語」では、かぐや姫は月からやってきたお姫様である。やがて月から迎えの天人がきて、警護する兵には理解不能の「技術」を使って警護の兵を金縛りにし、やすやすとかぐや姫を奪っていく。ETは平安時代から「先に進んだ文明人」であった。 

 

19世紀の中葉、火星人の信望者であった大数学者ガウスは、火星人に信号を送ろうとして、シベリアの大地に幾何模様を作ることを提案している。ピタゴラスの定理を示す模様を描こうという提案であった。これは、スキャパレリの「火星の運河」やウェルズの「宇宙戦争」より前のことである。

二〇世紀に入ってラジオ放送がはじまると、これを使って火星人と通信しようという提案が行われた。テスラ・コイルで知られるテスラ、通信のチチマルコーニなどが論陣の先鋒であった。 

 

二〇世紀後半には、生命の起源の研究が進み、太陽型の恒星の周りには、生命を宿す惑星があってもよいと考えられるようになった。また、この宇宙には太陽型の恒星が多いこともわかってきた。そのような星の周りには、地球型の惑星があってもおかしくなく、そこには進化の結果、高度な文明を持つ宇宙人がいてもよい。そのような考えが一般にも受け入れられることになった。

(『地球外生命』講談現代新書 大島泰郎著 P178~179

 

 

いかがであろうか?

 

古代ギリシャや、日本では最初の文学といわれている『竹取物語(かぐや姫)』の時代から、常に宇宙のどこかに別の文明があるのでは? そしてその文明は、少なくとも我々地球の文明よりはるかに進んだ文明であるに違いないと、ある者は確信し、ある者は想像していたというのだ。

 

ちなみに著者の大島泰郎氏は、東京大学理学部卒の化学博士で、元NASA研究員であり、現東京工業大学名誉教授、東京薬科大学名誉教授という科学者でもある人で、いわゆるトンデモ学者ではない。

 

地球に我々が存在するように、宇宙のどこかに知的生命体が存在するとしても、決しておかしなことではない。

 

むしろ、我々がいるのだから、他にいないというほうがいささか無理があるというものであろう。

 

 

(文:巨椋修(おぐらおさむ))